パリの中心部にあるジャックマール・アンドレ美術館に行ってきました。
ここは19世紀のブルジョワの邸宅を開放した美術館で、住んでいた夫妻が集めた芸術作品のコレクションのみならず、美しい調度品や豪華な造りの邸宅の隅々を見ることができる場所です。常設のコレクションも素晴らしいのですが、今回は、17世紀後半に活躍したフランス人画家、ジョルジュ・ラ・トゥールの展覧会の作品のみ紹介します。

夜の画家と言われるラ・トゥールは、暗闇を照らすロウソクも灯りを巧みに用いて、非常に写実的で幻想的な場面を描いた作家として知られています。イタリアの巨匠、カラヴァッジョの後継者ということで、作風は彼の影響を強く受けていますが、実際にイタリアに行って技法を学んだかどうかは不明だそうです。
『蚤をとる女性』は、ラ・トゥールの描いた唯一の女性のヌード作品だそうで(ヌードというほどではありませんが)、ぽっこりと膨らんだお腹は、この女性が妊婦であることを示しているそうです。ロウソクの灯りが照らす女性と椅子の他には、何もない。シンプルながらも印象に残る作品です。

『妻に嘲笑されるヨブ』という題のこの絵は、その名の通り、裸になって跪く惨めなヨブと、それを上から見下ろして嘲ける妻の様子が描かれています。これは、旧約聖書にあるヨブ記を題材しています一時は富裕で権力を持っていたヨブが神の教えに従ったために、短期間に子供を失い、財産と健康も失ったが、ヨブが信心を持ち続けたことで妻に嘲笑されているところが描かれており、妻はヨブに神を呪い、死ぬように促しているところです。

『債務の支払い』
右側にいる髭を生やした男性が集金をしていて、その周りの男たちがじっと手元を見つめています。ここでもロウソクの灯りは効果的な役割を果たしていて、テーブルの中心にあるコインと、男の手元、そして周りにいる人々の顔を照らしていて、画面に緊張感をもたらしています。

『豆を食べる農民の夫婦』
夜の画家として知られるラ・トゥールが、「昼の情景」を描いたもので、彼の故郷であるロレーヌ地方の農民、乞食、辻音楽師など戦争、略奪、疫病などで貧困化した社会の下層の人々を描いた作品の一つです。

次の二つの絵は、似ているけれど別々の作品です。
『悔悛する聖ヒエロニムス』
右下に開かれている本は、カトリック教会の設立者である聖ヒエロニムスがヘブライ語からラテン語に訳したウルガタ版聖書を示唆しているそうです。ロープと十字架は砂漠における聖人の悔悛の象徴であり、聖人は膝を地面についています。

全く同じ構図の下記の絵は、間違い探しのような感じになるが、左側に赤い帽子が見られる。さらに聖人は、上の絵に比べると肉付きもよく、腕に絡まる布も上質なものであることがわかる。この作品は、フランスのリシュリュー枢機卿が保持していた作品で、この帽子は彼のものであり、作品中の聖人も、リシュリュー卿本人を描いたものではないかと推察されるそうです。

ラ・トゥールは、たくさんの宗教画を残しており、聖人をテーマにした作品もたくさん残っています。ルイ13世の宮廷画家として活躍しながら、その後フランスの芸術界からは忘れ去られてしまい、20世紀初頭に再発見されるまで、全くフランスの絵画史でも取り扱われたなったそうです。そのため、本人の自筆サインのない作品は、彼の工房の弟子たちが描いた作品の可能性もあり、いまだに本人のおろじなるかどうか不明なものも何点かあるそうです。
『聖フィリップ』

『聖グレゴリー』

『聖トマス』

『手紙を読む聖ヒエロニムス』

私、個人的には、宗教作品にはそれほど興味がありません。
ラ・トゥールの作品で私が好きなものは、これから紹介するものです。
こちらは、『新生児』または、『生誕』と訳される作品で、二人の女性が眠っている生後間もない赤ん坊を眺めています。貧しい庶民を描きながらも、キリスト生誕の場面を連想させる傑作と言われる作品で、暗い画面の中で温かさを感じられます。赤ん坊が、左側の女性が手のひらで隠すロウソクの灯りによって照らされていますが、まるで、この赤ん坊自身が光を放っているような錯覚に陥ります。

『聖イレーネに介抱される聖セバスティアヌス』は、ラ・トゥールによって同じテーマで描かれた作品が他にもあり、彼のお気に入りの題材だったようです。ランタンによって照らされた部分以外は真っ暗で、ランタンの照らす聖イレーネが光を放っているように見えるのは、上記の『生誕』に通じる部分があります。実は、この作品は、ルイ13世に献上された同テーマの作品のコピーで、オリジナルは失われてしまったそうです。

『悔悛のマグダラのマリア』は、カラヴァッジョやその弟子たちのお気に入りのテーマでもあり、神秘的な恍惚の場面が描かれることが多いが、ラ・トゥールは全く異なるアプローチをとっています。物思いに耽るマリアは、鏡を見つめており、鏡に映る頭蓋骨が目に映ります。逆光に照られされた頭蓋骨、ロウソクに照らされた女性の顔、白いシャツがコントラストを生み、光が罪深いマグダラのマリアの今後の人生の歩みのメタファーとして、信仰の光に導かれた女性を描き出している、ということです。
なんだかとても深いですね。ただ、そういう考察は置いておいても、なんだか印象に残る絵だなと思いました。

最後に紹介するのは、『火鉢に息を吹きかける少女』。
こちらも光を効果的に使った作品ですが、上記の二つに比べると、宗教画のような神聖さはありません。少女が一心に息を吹きかけて火をおこした火鉢の光だけが、場面を明るく照らします。夜の画家と呼ばれるのに納得がいくような作品です。

いかがでしたでしょうか。普段、あまり見ることのできない作品がたくさんあって、とても興味深い展覧会でした。鑑賞の後は、美術館内に併設されたカフェでティータイム。素敵な内装ですね。
