海外食べ歩きブログ(レシピ付)

海外で出会った美味しいもののレシピやその他の出来事をつづったブログです

キエフ観光 世界遺産ペチェールシク修道院 その1

さて、今日は朝から、もう一つの世界遺産、ペチェールシク修道院に行くことにしました!!
ホテル前からバス1本で行けるようなので、ウクライナのバス、初挑戦です。
バス停の前には、電光掲示板(写真ではうまく写っていませんが)があって、ここに行先と後何分で到着するかが表示されます。もちろんウクライナ語ですが、一瞬だけアルファベット表示もでるので、確認できます。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329031050j:image

バスが来たら、中に乗り込みます。バスは1回、4フリビャナ(15円ほど)です。安い!!中に入ると、赤いジャケットを着ているおばさんがいるので、その人からチケットを買います。なるべく細かいお金の方が喜ばれます。チケットをもらったら、黄色いポールに設置されている赤いベルのようなもの(下写真)の中にチケットを挟んで、押します。パンチ穴をあけてチケットを有効にします。
混んでいて押せないときは、周りの人が押してくれます。
ちなみに降りたい場所を知らせるブザーはなく、バスはすべての停留所に停まるようでした。アナウンスと掲示板でバス停の名前も表示されます(ただしウクライナ語)。
ネット環境がないと、ちょっと不安ですね。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329031106j:image

さて、バスに20分ほどのって、やってきました。ペチェールシク修道院の看板が立っています。この修道院は、地元の人たちも多く訪れるウクライナキリスト教徒にはとても神聖な場所だそうです。中に入るには、女性は髪の毛と肌を隠さないといけません。
冬なので、肌は全部隠れていますが、髪の毛は帽子かショールなどを持っていくといいと思います。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329031116j:image

入り口が見えてきました!
この中にチケットブースがあったので、ここでチケットを買います。
この修道院は、小さな村のようになっていて、丘の上の教会部分と丘の下にある墓地に分かれています。一応、すべてにアクセスできるフリーパスのようなチケットを140フリビャナ(5€弱)で買いました。
ちなみにチケットブースのおばさんは英語通じました。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329031134j:image

中に入ります。雪が周りに積もっていて、ひっそりとしています。
長い参道の向こう側に大聖堂が見えます。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329031153j:image

広い敷地内には、政府高官の居住地や、昔の図書館(現在は入れません)、メトロポリタン議員の集会所などがあります。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050546j:image

こちらが敷地内の全体図です。今、いるのは塀に囲まれた丘の上の部分。ここに主な大聖堂やチャペルなどが集まっています。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050603j:image

ペチェールシク修道院のメインの大聖堂です。外から見ても、金色に輝く屋根や星の飾り、縦長の窓には聖者たちの絵が描かれていて、なんとも豪華です。


言い伝えによると、聖母マリア東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(今のトルコのイスタンブール)にいたギリシア人の建築家の前に現れて、「ロシアのキエフという土地に大きな教会を建てなさい、私の魂もそこに眠るでしょう」と言って、この地に教会を建てさせたそうです。その際、聖母マリアは、Holy Dormition(聖母マリアが天国に昇った時の様子)を描いたイコンをこの建築士に手渡したと言われています。

残念ながら、第二次大戦でキエフも戦禍にあい、このイコンは失われてしまいました。またこの大聖堂もひどくダメージを受けましたが、その後、2000年になってからウクライナ政府の支援のもと、大々的な修復が行われて、現在の姿になりました。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050617j:image

ズームアップしていみると、さまざまな細かい装飾が施されているのが分かります。
当時の姿をそのまま再現しているということなので、この教会の建築にどれだけの大金が費やされたのか、ものすごいお金だったんでしょうね。当時のキエフ大公国の王子だったSvyatoslav Yaroslavovich(読み方がよくわかりませんが)ヤロスラヴォビッチ?大公が、この教会の建築に莫大な寄付を施したことが記録されています。教会は1089年に完成しました。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050624j:image

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050641j:image

こちらは教会のメインではなく脇にある入口の一つ。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050647j:image

これが正面の入り口です。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050658j:image

さらに壁には、キリストにまつわるエピソードをもとにした絵が描かれています。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050706j:image

例によって、大聖堂の中は撮影禁止ですので、グーグルマップサイトから転載します。

とにかく目を見張るような豪華絢爛さ。。。
まさに圧倒されます。。。
一人ひとりの聖者の名前の説明がありましたが、私にはよくわかりませんでした。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050714j:image

さらにドームの上の方まで、聖者たちの絵がズラリと描かれています。
そして天井部分にも大きな絵が描かれています。

この凄さは、行ってぜひ体験してみてください。

まあ、正直なところ、これだけの財があるなら、貧しい人を救えるんじゃないの?とも思ってしまいますが、極寒の地キエフでは、心の拠り所となる宗教の象徴として、このような豪華絢爛な教会が必要だったのかな、などと思いました。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050809j:image

大聖堂の隣には、ドーム状の別の教会、聖アンソニーとテオドシウス教会というのがあります。こちらも見どころ満点!

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050908j:image

こちらも撮影禁止のため、写真はグーグルマップから転載しています。

中は大きな聖堂になっていて、、中央部分は白い柵で囲まれていて、私が行ったときは、信者の人は中に入れるようになっていました。多くの信者の人が参拝に来ていて、イコンの一つ一つにキスをしながら、お祈りをささげていました。

f:id:S_tabearukirecipe:20180407170219j:image

聖堂の反対側はこのような回廊になっていて、奥の方と脇にも、イコンを販売しているショップがありました。ここは当時の食堂としても使われていたそうですが、もう100年以上もの間、食堂として使われなくなっています。上の階は僧侶たちの部屋として使われていたそうです。こちらも第二次大戦中に戦禍にあい、宗教施設としては閉鎖され、黄金の屋根の部分はナチスに破壊されました。

f:id:S_tabearukirecipe:20180407170218j:image

こちらは、聖ソフィア大聖堂にもあった鐘塔です。高さは96.5m、375段あります。
今回は、見どころが他にもたくさんあったので、上には登りませんでした。←言い訳(笑

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050932j:image

そして、敷地内には一風変わったモダンな卵のオブジェが。。。
イースターだからでしょうか?
ガイドブックにも書いていないし、、よくわかりませんでした。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329050949j:image

聖なる三位一体教会、とでも訳すのでしょうか。
Holy Trinity Churchです。この教会は当時のキエフ大公ヤロスラヴのひ孫にあたるニコラスによって、12世紀建設されました。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329051119j:image

この修道院は高い丘の上にあるので、キエフやその周辺の町が見下ろせて、とっても見晴らしの良いところです。この日は、朝は雪でしたが、昼間からは少し弱い日差しも出てきて、なんとか観光が楽しめました。それにしても寒い。。。

f:id:S_tabearukirecipe:20180329051031j:imagef:id:S_tabearukirecipe:20180329051057j:image

この後は、丘の下にある地下の教会、墓地などを訪れます。

その2につづく。